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アーティスト×デザイナートーク: 造本のポリフォニー―大山エンリコイサム『夜光雲』

コラム

大山エンリコイサムさんは、ニューヨーク発祥のエアロゾル・ライティング文化に影響を受けながら、抽象絵画の歴史に連なる作品を、さまざまなかたちで発表してきました。
神奈川県民ホールギャラリーで開催された、過去最大規模の展覧会「夜光雲」では、同名のコンセプトブックを刊行。
アートディレクションを担当した大西正一さんと、ブックデザインについて語っていただきました。

*本記事は2021年5月に発行した「LAB express vol.03」から転載しました。

Enrico Isamu Oyama, FFIGURATI #326, #325, #323 (left to right)
Installation view from solo exhibition “Noctilucent Cloud” at Kanagawa Prefectural Gallery, 2020-21
Artwork © Enrico Isamu Oyama Photo © Masanobu Nishino

 
 

大山エンリコイサム『夜光雲』 コンセプトブック

 
 

本というべつの空間での見せ方

─ 今回のコンセプトブックは、いわゆる図録に相当するものであると同時に、1冊の本として自律した造りにもなっていますね。

大山 : 一般的に、図録は展覧会の内容を記録したものと捉えられがちですが、今回は展示と同時並行で本をつくっています。「夜光雲」というコンセプトを共有したうえで、展示空間での見せ方と、本というべつの空間での見せ方、この2つのアプローチを併走させました。
大西 : 本のほうが「夜光雲」というコンセプトを伝えやすいという側面もありました。
大山 : そうですね。過去の作品を組み込みながら、「夜光雲」にたどりつくまでの流れを、5章仕立てでかたちづくっていく感じで。
大西 : ぼくとしても、大山さんが「夜光雲」へ向かう歩みというか、思考と実践の軌跡を確認したかった。その流れが中心軸になるのではないかともお話ししました。ですから、全体の流れは、ゆるやかなグラデーションをなすように、すこしずつ変化する展開になっています。独自の要素も入れたかったので、冒頭と巻末にはコピー機をつかった実験的なビジュアルを配置しました。これは、大山さんにスミと銀のインキを使うことをお伝えし、その条件を踏まえたうえで、何か実験的なことを試みてもらえませんかとお願いしたものです。
大山 : 本という空間で何ができるかを考えたとき、最初に思いついたのが白黒反転。私が一貫して用いている「クイックターン・ストラクチャー」というモチーフは、通常、白地に黒でかかれますが、それを反転すると、夜空で青白く光る「夜光雲」のイメージと重なる気がして……。ただ考えているうちに、以前、コピー機でイメージを変形する実験をしたことを思い出した。複写=印刷なので、ダイレクトに結びつくと思ったんです。

─ コピーする際、大山さんが手で動きを加えたことで、元々の作品が変形されるかたちになっています。この「動き」の表出は非常に印象深く、大山さんの作品の本質を示すとともに、本という空間への導入として、秀逸な仕掛けだと思います。

大西 : 巻末で、あらためて同系統のイメージが出てくるので、ある意味、冒頭に回帰する構造にもなっています。じっさいの空間で展示する「夜光雲」に対して、印刷で表現する「夜光雲」ということですね。

 
 

『夜光雲』コンセプトブックより

 
 

分かれているけどつながっている

大山 : 本という媒体にはリニアな構造があり、今回はその特性を活かして、「アノニミティ─匿名」「シグナル─明滅」「スフェア─圏域」「エアロゾル─雲」「ゾル・ゲル転換─夜光雲」という5つの章を設けました。コンセプトの展開を理解してもらうために、テキストと作品を組み合わせて、順序立てたわけです。一方、統制された空間や継起的な時間とは異なる空間性や時間性も織り込みたかった。たとえば時間がループしたり、流れが脱臼したり、あるいは突然、切断されたり……。それが「印刷物における物質性」とどう関わるのか。そういうことを考えたかった。

─ それでいうと、第2章に当たる「スフェア─圏域」の章扉は大胆ですね。作品を中央で切断するように挟み込まれています。

大西 : この部分は本のありかたを象徴する箇所だと思っています。通常の作品集では、絶対にありえない設計ですから。ありがたいことに、大山さんには快く了承していただいて。ただ、たしかに切断ではあるのですが、同時にこれは横断でもある。どちらの方向にも行けるという意味で。

─ 半透明のトレーシングペーパーで、ページの3分の2程度に半裁されているぶん、存在感は軽い。また、銀で刷られたテキストの下に作品も透けて見える。ここでは紙、インキ、文字、図像のレイヤーが複雑に重なりあっています。

大西 : 章扉の機能として、一定のページごとに内容を区切る役割を果たしてはいるのですが、全体の流れとしては、じつは区切っていなかったりもする。トレーシングペーパー、つまり、膜のようなものを設けることで、向こう側にもこちら側にも、行ったり来たりできる。
大山 : 「夜光雲」の前に、藤沢市アートスペースで個展「SPRAY LIKE THERE IS NO TOMORROW」を開催したのですが、このときは透明のプラスティックシートで空間を囲い、ゆるやかに仕切る構成にしました。「向こう側が見える」とか「つながっている」という感覚は、透明の膜があるからこそ、むしろ強く感じられる。「分かれているけどつながっている」とか「触れないけど目には見える」という状況は、透明の膜があってはじめて強く認識できます。一見すると分断されているようで、じつはそうではない。そこには横断の可能性が残されています。

 
 

『夜光雲』コンセプトブックより

 
 

銀インキの特性から生まれるゆらぎや動き

大西 : 本全体の造本設計についていうと、上製本のようにカチッとまとめるかたちにはしたくなかった。どちらかというと、フラットでシャープな印象になるようにと考えていましたね。表紙はブルーのグラデーションをあしらい、「夜光雲」のイメージを打ち出しています。板紙をつかったのは、物質としての強さを出したかったから。ただ、上製本のような単純明快な強さではなく、繊細で奥行きのある強さが欲しかった。
大山 : それと「夜光雲」というコンセプトとタイトルは決まったものの、展示や本の構想がまだ固まっていない段階で、大西さんがタイトルロゴを組んでくれた。あの明朝体と文字組の印象は、けっこう大きかった。私の頭にあった展覧会のイメージを、上手に反映してくれました。
大西 : 「えっ? 今回のタイトルって漢字なの!」とビックリしましたけどね。大山さんのこれまでのイメージと異なるので、これはかなり悩みました。結局、「夜光雲」という文字だけを見るのではなく、大山さんの活動そのものを追っていかないと、デザインが成立しないと思った。
大山 : あの書体のたたずまいに、何か確信できた面もありました。夜光雲という言葉に込めた複数のイメージが、無理なく同居していると感じました。
大西 : 使用したのは本明朝。すっと読めるオーソドックスな書体で、ある意味、透明性が高い。ぼくなりに「夜光雲」は光を反射することで輝くものだと解釈して、スミ文字の周囲に銀をまとわせました。ぱっと見は意識しないかもしれないけれども、ある瞬間、光を反射することで、この銀の部分が見えてくる。
大山 : 存在しているのに見えなかったりもする。でも、あるとき光を反射して、浮かびあがる。
大西 : 影としてあしらっているのに、光ったりする。銀インキの特性から生まれるゆらぎや動きがポイントだと考えています。
大山 : 今回、印刷技術を用いてコンセプトブックをつくったわけですが、あらためてふりかえると、私としては「リプロダクションの可能性」を強く感じました。コピーや印刷をとおしての経験から、いくつか思考のヒントが得られましたし、大西さんのようなデザイナーとの共同作業や、印刷現場を見せてもらったことも楽しかった。いつか機会があれば、もういちど違う角度から、複製物というモチーフを掘り下げたいですね。

 
 

左:弊社印刷現場での立会の様子(右:大山エンリコイサムさん、左:大西正一さん), 右:オンラインでのインタビューの様子

 

[書籍情報]

大山エンリコイサム 『夜光雲』 コンセプトブック

128ページ、B5
発行日|2020年12月 発行|神奈川県民ホール
アートディレクション&デザイン|大西正一 印刷・製本|ライブアートブックス

「LAB express vol.03」について


本記事は2021年5月に発行した「LAB epress vol.03」から転載しました。
「LAB express vol.02」についての詳細はこちら→ よりご覧ください。

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