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自社出版『Color&Material ‐日本絵画の色と材料‐』における設計・印刷秘話

コラム

 

飛鳥時代から江戸時代に描かれた25点の日本画を取り上げ、最先端の調査技術により、その “色と素材”の魅力をひも解いた調査報告書『Color&Material―日本絵画の色と材料―』(早川泰弘・城野誠治 編著)。ライブアートブックスから2018年4月末に発行された同書において、弊社は製版・印刷・製本・販売を担当しました。
短納期という課題のもと、どのような事前設計、印刷調整を行ったのか。私たちのワークポイントをご紹介しつつ、最新の調査機器を活用した高精細画像からなる同書の魅力の一端をお伝えします。

 

 

経験値を得た『東京文化財研究所』の美術印刷

ちなみに東京文化財研究所は、国宝・文化財の保存に関する科学的な調査研究や、修復のための材料・技術に関する基礎研究を行う機関です。美術画・工芸品、歴史的建造物といった有形文化財はもちろん、伝統芸能など無形文化財も含めあらゆる文化財の調査研究をはじめ、その保存技術の研究・開発にも取り組んでいます。皆さんが美術館や博物館でこれまで目にしてきた多くの文化財の中にも、きっと同研究所が携わった作品があるはずです。さまざま文化財を通じて先人たちの貴重な文化活動の一端に触れることができるのも、このような機関があってこそですね。

同研究所と当社のお付き合いは、2009年頃からさまざまな研究報告書の製版・印刷を担当させていただいたことに始まります。

今では美術館展示物・各種ツール等の制作も増え、美術関連の印刷が一定の事業ウエイトを占めている当社ですが、長期にわたる同研究所とのお取引の積み重ねが、これら案件における私たちの知識・技術の向上はもちろん、新たなネットワークづくりにも寄与しています。

 

 

高精細デジタル画像を “ありのまま”に刷る

『Color&Material』に掲載されている日本画の写真・画像はいずれも、同研究所の城野誠治先生によって撮影されました。城野先生は科学写真撮影による光学調査をはじめ、多くの新知見を得ておられる“デジタル画像の第一人者”です。

「見えている色だけを追求しても、見えている色を再現することはできない」と語る城野先生。色や質感の再現こそ美術撮影の神髄とし、画材の粒子一粒、絹1本の明るさの比の再現にまでこだわり続けるその制作姿勢は、業界でも広く知られています。

ちなみに通常、展示作品と見る人との間には常に一定の距離があるため、作品の全容を肉眼で把握するのは難しいのですが、城野先生は作中の極細線1本1本の細やかなディテールを含め“作品本来の姿”を画像として写し撮るため、私たちは書籍を通じて、その作品の全景に触れることができます。

今回、当社が城野先生による画像データを取り扱い、イメージどおりの作品として仕上げるために行ったこと。それは「高精細デジタル画像を“ありのまま”に刷る」という実にシンプルな取り組みでした。
入稿された画像データを極力そのまま再現できるよう、データから受ける印象が刷り上がり時にずれないよう。私たちが注力したワークポイントは以下です。

 

拡大図のテスト校正から、刷りの傾向を確認

美術書にはよく『全図画像』と『拡大図画像』があわせて掲載されていますが、これらの画像は通常、サイズの問題から別々に撮影し個別データとして準備します。
しかし、『Color&Material』においては城野先生から入稿された全図画像データが、どの部分を拡大しても印刷に十分耐えうるデータだったことから、 “全図=拡大図”として流用するイレギュラーなスタイルを採用しました。

プリンティングディレクターが「特に拡大時の仕上がり、表現が気になる作品」として『動植彩絵』をピックアップし、事前に拡大図画像の校正刷りを実施。その刷り上がり具合を確認しながら、全データの拡大時の印刷傾向を探りつつ、他データの調整作業へ展開しました。

 

モアレ防止から短納期実現まで。刷り順の変更で課題をクリア

モアレが懸念される若冲作品を先刷り
モアレの発生も、印刷で起こりがちなトラブルのひとつ。特に、極細の線が多用され、かつ、布地にニュアンスのある特徴が多い伊藤若冲の作品は、当初からモアレの発生が懸念されました。

そこで、刷り台の順序を大幅変更することで対応。
若冲の『動植彩絵』作品が掲載された台を先刷りし、かつ、印刷機のくわえ側にもっていくことで、モアレはもちろん版ズレ等の各種トラブルも極力抑えるよう配慮しました。

若冲作品の印刷時は城野先生が立ち合い、入稿データと刷りを確認しながら、印刷を進行。懸念のモアレも生じず、先生にご満足いただける仕上がりとなりました。

 

短期間で360ページを調整・印刷・製本
そして、一番の難関が“短納期の実現”でした。
『Color&Material』は全360ページ。ですが、画像修正と印刷工程をあわせて、当社の作業に割ける日数は4日間のみという“超短納期”案件だったのです。
この限られた期間を最大限効率よく使えるかどうか、それは裏を返せば、いかにミスなく最善の作業フローを組めるかということになります。『全図画像=拡大図 流用を実現する効率的な調整フロー』も『リスク回避による刷り順の調整』も、短期間で全フローを完了させなければならないがためのワークプランでした。

ちなみに『刷り順の調整』については、先述の若冲作品における先刷りだけでなく、その他作品にも同様の見直しを展開。作品全体にわたり掲載内容に応じた柔軟な刷り順を設計したことで、結果、途中で印刷機をとめることなく、想定の期間内に全台印刷~製本することができました。

 

 

最後に

『Color&Material』は、飛鳥時代から江戸時代まで約千年の時をまたぐ著名な国宝・重要文化財からなる美術研究書です。掲載された作品を順に追うことで、新しい絵具や材料、従来にない技法を取り入れたタイミングといった “日本絵画の彩色材料と技法”の遍歴をたどることができる、美術史の研究に携わる方のみならず日本絵画愛好者にとっても必携の一冊といえます。

 

ちなみに2018年8月に当社主催で開催した出版記念セミナーでは、城野先生より私たちに対して「信頼できるパートナー。表現者にとって最後の工程を安心して任せられる、そういう存在は絶対に必要」という嬉しいお言葉も。当社にとっても、このような意義深い作品づくりに携われたことは、非常に貴重な経験だったことは言うまでもありません。また次回も、素晴らしい美術書の制作における“プリンティングパートナー”としてご一緒できるよう願っています。

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